私がいろいろな人やものを恨んでいたことに気づき、それを手放すまでのお話し

『すると、胸のあたりがふわっと軽く、ほんわりと温かくなり、心が開いたのを感じました。

恨みを抱いて硬くなに閉ざしていた心が開いたんだと思います。』

私がいろいろな人やものを恨んでいたことに気づき、それを手放すまでのお話。

存在しないフリをしていたものに気づいてしまった!

先日、こんなツイートをしました。

私は投稿するツイートをいくつか書き溜めておき、それを日々ツイートしています。

なので、このツイートは投稿した日よりも少し前に作ったものです。

私のツイートは、主に心理学が元になっています。

なので、このツイートも心理学が元になっているものです。

この頃、許しについてのツイートをいくつか作っていたのですが、このツイートを作っていたときに、突然、そう、気づいてしまったんです。

『あ、私、いろんな人やものに恨みを持ってるわ!』

もう過去のことで、今とは関係のないこと、自分の中では区切りがついていて、引きずってなんかいない、と思っていたあれやこれや。

だけど、私は恨んでなんかいませんとキレイを装って、実はまだ恨みをしっかりと抱いていた、ということに、突然、気づいてしまったんです。

その瞬間、

・まだ恨みを持っているあれやこれや

・キレイを装っていたけど恨みを元にした行動をしていたあれやこれや

・恨みを元に行動をしても、自分を不幸にしかしなかったあれやこれや

が、私の中を走馬灯のように駆け巡ったのです。

たぶん、死ぬ瞬間てこんな感じ。

そして、恨みを元にして行動した結果の現在があり、心を閉ざし続けたまま、むやみに人を疑い、人と打ち解けることができず、自分のためにならない行動を繰り返し、心がずっと疲れている、ということを痛感したのです。

なんて愚かなことを続けていたんだろう・・・。

私は、いつまでも恨みを抱き、それを元に行動していたことを猛省し、

「もう、恨みをすべて手放して、これからは愛を元に行動しよう。」

と、決心しました。

すると、胸のあたりがふわっと軽く、ほんわりと温かくなり、心が開いたのを感じました。

恨みを抱いて硬くなに閉ざしていた心が開いたんだと思います。

ですが、まだ奥の方に重い芯のような感じのものが残っているのを感じる。

これは私の手には負えないと思い、インテグレイテッドヒーリングのセッションをお願いしたのでした。

癒されていない子供のように感じる自分の一面を癒す

自分とつながることに対する安全

セッションはオンラインで受けました。

インテグレイテッドヒーリングは、その時に最適なワークを行うのですが、私が受けたワークは、”自分の一面である子供のように感じるまだ癒されていないところを癒すこと”でした。

”自分の一面である子供のように感じるところ”というのは、”インナーチャイルド”とも呼ばれていますね。

セッションでは、まずその癒されていないところと繋がることが安全だと感じているか、プラクティショナーの方が身体の反応を確認してくれました。

が、

身体は、”安全ではない”という反応。

繋がることができなければ、癒すことができない・・・。

どうしましょ。

すると、プラクティショナーの方が子供のように感じているどのようなところか、というのを身体の反応で確認してくれました。

そこで身体が反応した癒しを必要としていたところは、私の中の、”育児放棄された”と感じてるところでした。

育児放棄されたと感じているところとは、どういうところかというと、

いつも放っておかれたと感じ、世話をしてもらったり、愛されたりしなかったと思っているところ。

そのため、自分には愛される価値がないと思っていて、愛し方もわからない。自分を表現することが苦手で、憂鬱な気分が多く、泣きたい気持ちもあるとのこと。

「これを聞いてどう思う?」と聞かれて、私が思い浮かんだのは、幼い頃の家庭環境。

私の家族は、両親と歳の離れた兄と姉の5人家族です。

両親はいつも仕事で忙しく、兄弟とは歳が離れていたということもあり、家族からかまってもらった記憶がありません。

そして、今現在、自分には愛される価値がないと思っていて、愛し方もわからない。自分を表現することが苦手で、憂鬱な気分が多く、ときどき泣きたい気持ちもある。

ええ、もうまさに、おっしゃる通りそのまんま。

「その頃の自分とつながることは、安全だと感じる?それとも怖い?」とのプラクティショナーの問いに、私が感じたのは、無感覚。

そう、”その頃の自分を思い浮かべても、安全だとも、怖いとも感じない。”だったんですよねー。

自覚はしていなかったんですけど、どうやら私はその頃の自分の感覚を完全にシャットアウトしていたようです。

なぜ感覚をシャットアウトしてしまったんだろうと、さらに深掘りしていきました。

そして、思い浮かんだのは、

”心が疲れるから”

私は、心がずっと疲れているのを感じていて、日常生活も心が疲れてしまわないように気をつけながら生活しています。

そんな状態で、放っておかれたと感じている自分と繋がったら、私の心は壊れてしまうんじゃないかと思っていたんです。

そしたら、プラクティショナーの方が、「それって、二極思考の気がする。0か100か、疲れるか疲れないかみたいな。」

その言葉で、私は思い出しました。

そう、ちょうど4年前の今頃、MSC(マインドフル セルフコンパッション)の5日間集中コースに参加した時のこと。

講師のクリスが、

「感情のゾーンには3つある。真ん中が安全なゾーンで、それを取り囲んでいるのが挑戦のゾーン、一番外側にあるのが、圧倒のゾーン。一番外側のゾーンで圧倒されたら、真ん中の安全な場所に行く。安全になれば挑戦できる。」

と、言ったことを。

”ああ、私は挑戦のゾーンがあることを忘れていたんだな。”と思い、心が疲れていると疲れていないの間にスペースがあることを認識したとたん、

”癒されていないところと繋がるのは安全”という身体の反応。

ようやく次のプロセスに進むことができたのです。

癒されていない自分とつながる

次におこなったのは、自分の癒されていない部分と繋がること。

目を閉じて、自分がまだ子供だった頃、ほっとかれていると感じていた頃のことを思い出してみました。

そこで感じたのは、”不安”。

子供の頃、両親が喧嘩ばかりしていて、いつ離婚してもおかしくないと思っていました。

母が出かけたときに、もう二度と戻ってこないんじゃないか、と不安に飲み込まれたときもあります。

そして、そうなったら、私はもう生活していけないのではないか、と不安を感じていました。

おかしなもので、その不安は大人になってからも続き、ワーカホリックで稼いでいた時も、いつも生活できないのではないかという不安があったし、今現在も、生活できないのではないかという不安があります。

今現在、日々生活しているんですけどね。

もう一つ思い浮かんだのは、自分が存在していないような感覚。

小さな私が、自分はここにいるのに、家族はそれぞれ何かをしていて、自分には目もくれず、あたかも自分は存在していないんじゃないか、というそんな感覚です。

そういえば、中学の頃突然無視をし始める人がいたり、存在感がないと少し離れたところで聞こえるように言われたり、多人数の中では自分がここにいないように感じたり、何かを言っても全員にスルーされたり、なんていう自分が存在していないことを裏付けるような数々のことを思い出しました。

成長してからも、自分が存在していないかのように感じ続けていたんですね。

そして今でも、そんな感覚を感じることがあります。

小さな頃の私が聞きたかったのに聞けなかったメーセージ

そこで、プラクティショーの方が、小さな頃の私が聞きたかったのに聞けなかったメッセージを、身体の反応を確認して伝えてくれました。

が、その前に、プラクティショナーの方が、反応したメッセージを見て一言。

「私のセッション史上、一番すごいメッセージなんだけど。」

”えーー!!何それ、なんか怖いんですけどそれ。”と思いつつ聞いたメッセージは、

『無視してごめんね。』

「これ、そのまんまだね。」なんて言って、思わず笑ってしまった私でしたが、

冬の間、ガチガチに固まっていた氷が、春の日差しを浴びて少しずつ溶けるかのように、

メッセージの言葉が、私の心に少しずつ染み入って、何かが溶け出したかのように、次第に目から涙が出てきて、ついにはしゃべることができなくなりました。

そのとき、私はなぜか頭は冷静で、私はこんなに泣けるんだと思いつつ、心の奥に感じたのは、

”悲しみ”。

”そっか、私は悲しかったんだな・・・。”と、しみじみと思いました。

涙を流しながらも、私が心の奥に蓋をして閉じ込めていた、癒されていない小さな頃の私とのつながりを感じた瞬間でした。

そして私は、私につらい思いをさせた人たちを許す、ということをしていったのでした。

小さな頃の私からのメッセージ

私につらい思いをさせた人たちを潜在意識レベルで許せているか、プラクティショナーの方に確認してもらい、”OK"との反応があったので、

再度、私は、小さな頃の私をイメージして、何か学んでほしいことがあるか、伝えたいメッセージがあるか、メッセージが思い浮かぶのを待ちました。

すると、思い浮かんだのは、「人を愛してもいいんだよ。」という言葉のみ。

”あー、うん、そっか。まあ、そうだよね。わかった。”なんて思いつつも、腑には落とせていなかった私に、

プラクティショナーの方が、今度は小さな頃の私からのメッセージを、身体の反応を確認して伝えてくれました。

それは、

『あなたの大切な人を愛していいし、その人から愛されていいんだよ。』

というもの。

また、そのまんまのメッセージ!

けど、この文章というのが、他にも”人を愛していいし、人から愛されてもいいんだよ。”というものもあったんですが、身体が反応したのはそれではなく、”あなたの大切な人”という文言が入ったメーセージ。

なぜに?

私が大切な人と聞いて思い浮かぶのは、今は家族くらいしかいないです。

3年ほど前、体調不良で慢性疲労状態に陥り、その後のコロナのパンデミックと同時に、私は引きこもり生活に入りました。

人付き合いは、必要最低限になり、親しくしているのは家族くらいです。

ですが、”家族”では身体の反応がありません。

私の大切な人って誰?

あーでもない、こーでもないと言いつつ、身体が反応したのは、”パートナー”でした。

私、アラフィフで独身なのですが、パートナーはいません。

今は、パートナーが欲しいという思いもないです。

でも、身体は”パートナー”に反応する。

まあ、どういう意味のパートナーかはわかりませんが、家族と同じくらい親しい関係のようです。

まあ、先のことはわからないと思いながら、とりあえず、小さな頃の私からのメッセージを受け止めました。

そして、必要とするエネルギーワークをし、セッションは終了したのでした。

これからの日常

今回のセッションで恨みを手放すということをしたわけですが、以前と同じ、変わりない日常生活が続いています。

セッションを受けたら日常が激変した!なんて話を目にすることもあります。

ですが、それはゼロではないにしても、ほとんどないです。

というわけで、私もセッションで恨みを手放したからといって、すぐに愛を元に行動するようになった!とは思いません。

むしろこれから、愛を元にした行動を少しずつ少しずつ学んでいく必要がある、と感じています。

明らかに違うことといえば、奥の方に感じていた重い芯のようなものは、なくなりました。

今にしてみれば、あれは”悲しみ”だったのかなとも思います。

そうそう、以前よりも”今ここにいる”ことが容易になった感じがありますねー。

過去の記憶に囚われることが減ったことを実感しています。

そして、以前よりも心が安定して、被害者意識が減ったのも感じています。

あと、人との距離の取り方が、以前より容易になったとも感じます。

とまあ、要するに、感覚的に楽になりました。

これもマインドフルネスとセルフコンパッションを日々実践し、自分と向き合い続けているからこそ、気づくことができたのだと思います。

実践前の私だったら、たぶん何の変化も感じなかったです。

そして、きっとこれからは、人を愛する学びが始まるんだと思います。

どんな学びになるかはわかりませんが、それでも人生の最後の瞬間まで共にいる自分と、恨みを元にした種ではなく、愛を元にした種を蒔きながら、歩んでいきたいと思います。

そんなことを思った、秋も終わりに近づいた穏やかな陽気の日でした。

最後に、セッションをしてくれたプラクティショナーの方へ、本当にありがとうございました🙏

セッション事例

Posted by yumiko